あのプロはどうやって夢を叶えた?

2018.02.21

作家/玄侑 宗久(ゲンユウ ソウキュウ)さん【後編】

子どもの頃からの夢を叶えて活躍している様々な職種のプロフェッショナルたち。どうやって憧れの職業に就くことができたのか、そのために学生時代にどんな努力をしたのか伺ってきました。

どうすれば作家になれるの?

安積高校、慶応義塾大学に進学されましたが、なぜその高校・大学を選んだのですか?

高校は学区外でしたが、あまり迷わず選びました。当時は将来の目標が明確に決まってなかったため、「まずは幅広い知識を学べる学校に行きたい」という意識が強かったからです。
大学は特に第一志望ではなく、結果として受かった早稲田大学と慶応大学から選びました。あえて理由はと訊かれれば、当時の慶応は教養課程が一年と短く、やりたいことに時間を費やせたからかもしれません。
在学中は勉強の傍ら、作品作りに没頭したり様々な職業を体験したりと、やりたいことはとことんやり込みました。

受験勉強をする上で、一番苦労されたことは何ですか?

特に受験勉強で大変だと感じたことはありませんが、強いて言えば"参考書選び"でしょうか。勉強は選んだ参考書や資料に大きく左右されるので、それを選ぶことが非常に重要だと思います。私自身、自分に合った参考書に出会えたので、特に受験で苦労することはありませんでした。
これを学びさえすればOK、と思える参考書に出会えたら、多少時期が遅くとも目標の学校にチャレンジしたらいいと思います。

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勉強に身が入らないときは、どのようなことをしましたか?

テレビを見たり、レコードを聴いたりもしましたよ。継続して勉強することは大切ですが、時に羽を伸ばして気分転換することも大切です。日常生活にメリハリをつけ、勉強も遊びも全力で取り組んだ方が、結果としてよい方向に結び付くかもしれません。

受験に臨む上で、一番大切なことは何ですか?

やはり「集中力」。やるときはやる、という心意気でしょう。

来年受験を控えている受験生にメッセージをお願いします。

まずこの辺りまで学べば大丈夫、という教材を揃えることが大切です。教科書は大事ですが、それ以外に優れた参考書が一冊は欲しいですね。揃えたら、あとはやるだけです。ここは「期間限定」と割り切り、目標に向かってひたむきに頑張ってください。

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玄侑宗久さん 経歴

1956年 福島県三春町にある福聚寺の長男として生まれる
1971年 日本脳炎で3日間の昏睡状態、約40日間の入院生活を送る
1972年 福島県立安積高等学校に進学し、童話や詩を執筆
1975年 慶応義塾大学文学科に進学。小説の執筆の傍ら様々な職業を経験
1980年頃 埼玉県川口市のゴミ焼却場で働きながら、小説を応募する生活が続く
1983年 京都嵐山の天龍寺専門道場に入門し、僧侶としての修行を始める
2000年 「水の舳先」が『新潮』に掲載され、芥川賞最終候補作になる
2001年 「中陰の花」が第125回芥川賞を受賞
2007年 「般若心経 いのちの対話」で文藝春秋賞を受賞
2009年 妙心寺派宗門文化章受賞
2010年 『アブラクサスの祭』が映画化
2014年 「光の山」が芸術選奨文部科学大臣賞受賞
2015年 「東天紅」が第41回川端康成文学賞最終候補作となる
2018年 1月『竹林精舎』を刊行

<作家>
玄侑 宗久 (ゲンユウソウキュウ) さん/福聚寺

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